「どろぼうの名人」

「初雪さんはっ!」
「ママの――母の妹なんですね?じゃあ、これからは、『おばさま』ってお呼びします」
「そういうときはまず、『お呼びしてもよろしいですか?』ってきくの」
「お呼びします」
「よーく聞いて。『お呼びしてもよろしいですか?』。わかった?」
「お呼びします」
「それじゃあ、文ちゃんのことは――」


「――『ツインテール』って呼ぶからね」


あらすじ

「古本屋の川合さん、覚えてる?昔、連れていったでしょう。あの人の、妹になって」

大好きな姉の頼みで、川合さんの『偽妹』になることになった佐藤初雪。どうやら姉と川合さんは大切な約束をしていて、その信頼の証として初雪が差し出されたらしい。姉の仕事が無事に終わるまで、初雪は川合さんに飽きられないように、愛し続けられるように過ごさねばならない。名前の如く初雪を愛でる川合愛と一緒に生活するうちに、次第に川合愛に惹かれていく初雪。つとめは順調。だが、これが義務でなかったら?私は、それでも彼女を好きになったのだろうか―


これはいい百合

第2回小学館ライトノベル大賞[佳作]のガガガ文庫の新人さん。
中学生×三十路なんていうチャレンジャブルなカップリング。かつ、お互い結構分を弁えているので、めったにいちゃいちゃらぶらぶなシーンは無く全体的に上品な作風だった。でもこれは確実に百合。同人でも百合小説を書いてたらしいが、その百合レヴェルの熟練っぷりに驚いた。かなり極端な話の書き方だったとは思うのだけど、壷を押さえてくるのが上手いのですよ。
一応舞台は現代日本で、初雪も学校に通ってはいるものの、その辺の描写のウェイトはかなり少ない。発端部分に米軍とか千葉国?とか物騒な問題が絡んでいるような気もしますが、まー「匂わせて」いるだけってな感じで。基本的にはふんわりふわふわしたどこか浮世離れした作風。偽姉と妹の二人だけの世界。そこに寓話や「ラプンツェルごっこ」が絡んできて『御伽噺』的な独特な雰囲気を醸し出しています。
そんな半幻想的な日常の中で、初雪視点から静かに描かれる川合愛への想い、二人の間の距離の変化。余計な物を削ぎ落として語られる心情はそれはそれで、上品に甘くって、ちょっと切なくって十分に美味しかった…んですが、私の壷だった所はまたちょっと異なっていて。ベースがふんわりふわふわで綺麗なだけに、生々しい所がより際立って見えるとでもいいましょうか。作中では実際には「くちづけ」までしかしていないのですが、そんな影に透けて見えるエロスというか女の情念というかそんなのが素敵でした、よ?まぁグリム童話とかってそもそも原作が結構…ですしねぇ。ラプンツェル的にはこれで正しいのかも。
予め百合小説ってのを知って(寧ろそのために)手に取ったわけですが、大変いい(ある意味濃厚な)百合を堪能できました。良作。3月に番外編も出るようなのでそっちも楽しみです。いたいけな主人って『川合愛の憂鬱な日常』とか、『三十路古書店主、昼下がりの情事』とかそういった感じなのかー。
4094510974どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1) (ガガガ文庫)
しめ子
小学館 2008-10-18