「沙の園に唄って」

「あ、そうだ。私、あなたの名前聞いたことがなかったわ。教えてくれないかしら?」
「は?わたくしの名前ですか?」
「言いたくなかったら、聞かないわ」
「いや、ぜひ聞いてください。わたくし、ゼパン=ルーベスと申します」
「ゼパン……さんね。ちゃんと、覚えておくわ。あなたも、私の名前、忘れないでね。リッカ=エンドワードよ?」


「あの、リッカ!………さん」
「なに?」
「あ………いや、なんでもありません」
「ありがとう。またいつか、この門を潜りに帰ってくるわ」


あらすじ

三年前に起きた故郷消失事件により居場所も記憶も失い"森の魔女"と恐れられ生きてきた少女リッカ。
百年に一度の英雄祭に沸く街で(空腹により)倒れた所を、無骨な傭兵カノンと穏和な唱術士オボロの二人によって助けられる。オボロの見立てでは彼女には強力な呪いがかかっていて―


あと一歩感漂う…

第19回ファンタジア長編小説大賞佳作。
多分作者初の書籍化だとは思うのだが第8回日本SF新人賞最終候補に残った人とは同一人物なのであろうか。
で、勝手にSF風味を予想してたが内容は直球ド真中なファンタジー。特に新しいとか奇抜な設定ではないものの、真名の兆印と唱術、それを巡る世界設定等は割としっかりしている感じ。きちんとストーリーや主人公の生い立ちにも絡めていてそこは好感触。
逆に少々不満が残るのが主人公の周辺人物の描写の甘さ。特にカノン、オボロ、カトレア辺りの準レギュラー陣。一応ストーリーの流れの中で、各々の目的や想い等も描かれてはいるものの、動機付けが弱く今ひとつ感動しなかった。リッカ→カノンはいいんだけどカノン→リッカは苦しいとか、オボロとカトレアがそこまで献身的に動く理由が見当たらないとか。お話自体は悪くないのだけど、全体の流れが綺麗なだけに感動的な場面も流してしまいがちに。主人公の胸中の描写や、更に周囲の人物(幼馴染や番兵)は良かったのでよけいに残念。
後半の展開が忙しいし、1冊だと厳しかったか?
4829119608沙の園に唄って (富士見ファンタジア文庫 181-1)
手島 史詞
富士見書房 2007-09-20