「世界樹の迷宮〜去りゆくモノたちへの鎮魂歌〜」

「もし戻ってこなかったら――」
「その時は、おれが金を出しておまえさんの店を借り切る。あいつらへのせめてものたむけにひと晩中騒いでやるさ」
「もし戻ってきたら?」
「決まってる」
「あいつらが金を出しておまえさんの店を借り切る。勝利を祝してみんなでひと晩中騒いでやるさ」
「……同じ騒ぐのなら、そのほうがいいわね」
「だろう?」


あらすじ

世界樹の迷宮』に挑む冒険者で賑わう街・エトリア。
冒険者達の憩いの場・金鹿の酒場で手伝いをしている少年カミルは、日々の仕事のかたわら美しい歌声で故郷に帰るための路銀を稼いでいた。そんなある日、彼は酒場にいた女レンジャー・ゼノビアに「自分達のパーティにバードとして加わらないか?」と誘われる。ゼノビアのパーティは前の冒険でメディックを失い、回復役が不足していたのだ。パーティ入りを承諾するカミル。しかし、彼の心にはかつて迷宮で負った心の傷が未だに残っていて―


ノベライズの縛り

ニンテンドーDSで発売された個人的に2007年BESTのRPG世界樹の迷宮』のノベライズ。押絵も公式絵師の日向さんで雰囲気ばっちり。
本編は最近コンシューマーのRPGすら最後までプレイする気力が沸かない中、きっちりEDまで見た数少ない一本。未経験なら是非に…って時期的に2待った方がいいのかね?


「君たちはこの本を読む前にゲームをプレイしてもいいし、プレイしないのも自由だ」
って本編はプレイしといた方が(ネタ的に)面白いとは思うのだが、必ずしも必要ではない作風。
あの独特なゲームブック調の口調で展開されるのかしらーとかTRPGのリプレイ風になるのかしらーとか考えてた時代が俺にもありました…。と、いうのも本編が問題でして、一応ストーリーはあるもののwiz方式でキャラクターは全員プレイヤーが勝手に作る方式なのです。通常ゲームのノベライズってのは基本的にストーリーを補足しつつなぞっていく物、或いは外伝とかが主流。主要キャラ:名無し、本筋も探索の果てにあるならともかく(5層に初めて降りた時は驚きました)文庫1冊でやられても微妙なオチと単純なノベライズには辛い要素が並ぶ中、さてどうくるのか?
結果的には、舞台は2層『森の王』までに限定、迷宮の探索要素は極力廃し人物間のコミュニケーション中心の描写、という作風に。
(表面上は)無個性なキャラ、そして迷宮の探索こそが命題である本編とは真逆の方向性。だが、これはかなりアリだったと思う。ぶっちゃけゲームのシナリオ(特にRPG)はつまらない物が多く、それに縛りを受けるノベライズ作品もまた同様。特に最近のゲームは設定や展開がいちいち細かく、かなりのレベルで著者の力量の入り込む余地は少ない。この『世界樹の迷宮』の場合、設定はともかく人物等は著者にお任せなわけで、その縛りの少なさがノベライズ作品として「読める」作品に仕上がった原因の一つかとも。古いゲームのノベライズには往々にして名作があるが(ストーリーがシンプルな為、介入の余地がある)、それに似た状況か。
決して派手ではないがベテランの本領発揮。わかりやすく、きっちり決着がついており、かつ世界観にも合っている。良作。


ただね、『世界樹の迷宮』である必要はないんじゃないかなぁ…と思うのもまた真実。


■感想リンク■

4757738552世界樹の迷宮 -去りゆくモノたちへの鎮魂歌- (ファミ通文庫 S 12-1-1 SPECIAL STORY)
嬉野 秋彦 日向 悠二
エンターブレイン 2007-11-30