「死図眼のイタカ」

「…美登里」
「はい」
「あーんして」
「え、ええっ」
「いや、ごめん。冗談」
「……お兄様は、たまに和ませようとしてつまらない冗談を言う癖を治した方がいいです」
「悪かったよ……」
「でも、ありがとうお兄様」
「なに?」
「ううん。お兄様はいつも、心配してくれてますよね」
「……きっと、亜希ちゃんも、お兄様のそういうところが大好きだったんだと思います」
「わたしも、お兄様の」
「……え」


「や、ち、ちがいますっ」
「だから。ええと。わたしも、いつまでも寝たきりでいるわけに、いかないなって」


あらすじ

地方都市・伊々田市を支配する、謎多き女系一族――朽葉嶺家。
朽葉嶺家では、代々女性が当主を務める。「継嗣会(ひさねえ)」、朽葉嶺の4人の娘達、亜希、奈緒、美登里、千紗都の中から次期当主として婿をとる一人を決める儀式。幼い頃に朽葉嶺の分家から引き取られ、当主の婿として育てられてきた朽葉嶺マヒルは4姉妹との変わってゆく関係に戸惑いを覚えつつも、自分の運命として受け入れ静かに日々を過ごしていた。
二十年に一度の「継嗣会」が迫るこの時期、伊々田市では不可解な少女猟奇殺人事件が頻発していた。そして、時を同じくしてマヒルの前に現れる、鴉を従えた黒衣の少女。彼女との出会いによってマヒルは血塗られた朽葉嶺の真実と向き合うことになる―


呪われろ、朽葉嶺マヒル

創刊組からもう一冊。
神様のメモ帳』や『さよならピアノソナタ』の杉井光の現段階での最新作。伝奇ミステリってことで『火目の巫女』なんかがちょっと思い出されるわけですが、snegとか話には聞くものの火目だけは全く手付かず。作風が幅広い人だと思うのだけど、この手のはどうなのかなぁと期待半分、心配半分で読んでみたんですが…面白いじゃぁないか。
なんかあらすじに『殲滅機関』やら『GOOs』やら出てきてたので、もっと異能バトルよりかと思ってたんですけど実際はそんなことはなく。表記どおりに伝奇ミステリで嘘偽りなかったです、これ。閉鎖的な地方都市や旧い伝統に潜む何気ない恐怖ってのが存外に表現できていて雰囲気は正に"伝奇"。お話の方も、伝奇的要素を十分に匂わせた上でちゃんとオチが付いてるのが心憎い。冷静に考えると該当者が少なすぎて犯人わかりそうなものですが、引っ掛け等も含めてこの程度の"ミステリ風味"でいい塩梅だと思いました。よ?


まぁ、全般的な感想だとこんな感じで無難に纏まってしまいます。が、それよりも、なによりもこの作品で心を揺さぶった存在。それは朽葉嶺四姉妹+1であったり。序章が本編に直接関係ないとはいえ、いきなり結構な場面だったりしたので本編はもっと静かに、ねっとりと進行するものだと考えていた時期が俺にもありました。そしたら何故か唐突に妹が布団にダイブしてきて「お兄ちゃん」呼ばわりですよ?しかも次々に妹が増えていって誰しもが兄様に好意を抱いているんですよ?母様は若作りでエロイし当人は例外なく鈍感だし、まさにsneg状態。しかもその中から一人を決めて嫁にってなんてハーレムですか。そりゃイタカじゃなくても「呪われろ」言いたくなりますってw 暗い伝奇物が続くと思っていたので、この四姉妹には完全に不意討たれました。
で、異常な状況はともかく、各人素直に可愛い性格なのがまた良し。亜希、奈緒辺りは時間的に残念でした…感が漂うのだが残り二人はかなり破壊力高いのではないだろうか?イラストや展開を考慮するとやはり千紗都が優遇されていると思うが、個人的には美登里も捨て難い。

「でも、母様の身体の弱いところ、似たのがわたしだけでよかった」

って看病してる時に頬を染めて言ったら勘違いするわぁぁぁぁぁぁ。撃墜されました。実際は「それでみんな元気なら、いいです。」と繋がるんで違うお話ではあるのだが。ま、それはそれでやっぱり可愛いな美登里は!
そんな感じでヒロインであるイタカを喰ってしまう程に可愛い四姉妹ですが、可愛い以外にも作品の雰囲気に貢献している所も多分にあったと思うのです。最終的に4人中選ばれなかった3人は……してしまうのですが、やっぱりこれだけ存在感のある振る舞いをしてたからこそ、マヒルの行動や信念にも説得力が出てくるってものじゃないでしょうか。本人の性格もアレですが、見知らぬ4人の女子高生の犠牲だけだと、やはり弱いかと。一瞬、病んでる?と思われる千紗都の描写も序盤からの兄様らぶらぶ状態あってのものだしね。四姉妹こそがメイン…なんてことは断じてないが、それでも個人的にはインパクトもあってかなり気に入った。イタカって以外に出番少なかったりするし。
あと…そうそう、伝奇で四姉妹ったら柏木姉妹とかあるしね!ある意味伝統でしょ伝統。


非常に続きを意識した終わり方なのだけど、6月1日現在作者のこのレーベルの次回作は「聖ファミリア(仮) 」。このシリーズはこれにて終了なのであろうか。複数シリーズ基本な人なので続きも出るのかもしれないけど…

4758040001死図眼のイタカ (一迅社文庫 す 1-1)
杉井 光
一迅社 2008-05-20