「藤井寺さんと平野くん 熱海のこと」

「うん。奇跡。野球場に転がっている平凡な奇跡たちのひとつ、でこそあれ、奇跡は奇跡。もう、彼のくたびれた足は一塁への全力疾走ではなんの奇跡も起こしてはくれない。そんなことは誰よりも彼自身が一番わかっている。"打ったら走る"野球の基本さえ満足にできない彼に、それでも微笑む野球の神様がいる。
それが、アーチ。
歩いてダイヤモンドを回っても、サバンナを跳ねるガゼルのしなやかさで、三遊間の彼方から彼の鈍足をあざ笑うかのような送球を投げ込まれることもない。
球場の時間は止まり、彼の時間ははじめて本塁打を放った少年の日に戻る。
誰も彼を止められない……そうね、無敵の少年。私たちはみんな、多分会いに来てるのよ」


あらすじ

藤井寺さん。球場の片隅で、データブックを積み上げ書き物をする彼女は往年の名投手・大鹿煙の孫娘。母にもらったチケットで入った球場で偶然彼女と出会った僕は、夏休みの間に一緒に熱海に向かうことになる。大鹿煙が殺された通称『投手殺人事件』で新たな事実が判明したというのだ。熱海に到着早々、ホテルにて老警部・居古井から話を伺う僕達。だがそこに名探偵となのる少女が突然乱入してきて―


部分部分で見ると悪くないのだけど

『めいたん』の樺薫の新作。自分はこの作者の作品は初。
『十八時の音楽浴』でやられてしまったもので、『跳訳』シリーズは結構気にはしていた。で、坂口安吾作品に"野球ポエム"で熱海なんてどんなことになってるのよ?と気になって購入した次第。ちなみに原作の読書状況としては『投手殺人事件』は未読で『不連続殺人事件』は記憶が定かではないが既読。
最後まで読んでみたが、色々と微妙な感じであった。
部分部分で見ると悪くはない…んだが面白かったというよりは興味深いという気持ちの方が強いと思った。
前半戦は、確かに野球ポエム。日本球史の一時期を題材にあげつつ、野球好きによる醍醐味を語るポエムな感じで他に類を見ない作風ではあったと思う。ただ、詳しい人が見れば面白いのかもしれないが私は野球詳しくないので(´・ω・`)
後半戦は、結構お堅い推理物。本当にトリックというか推理自体がメインな感じ。ミステリーじゃなく推理小説といったのがしっくりくる。ストーリーの展開上、読者に知らされていない事実があってそれが原因で推理がひっくり返るのは仕方ないとしても、論の展開具合は堅実に描かれていて好感が持てた。如何せん地味な気はするのだけどなw こちらはある程度原作の知識があるとまた違う見所があるのかも…ないのかも。個人的にはキャラクター自体は女の子になってたり今風に変わっているものの、原作者の複数のシリーズから名探偵を引っ張ってきた「スーパー名探偵大戦、ただし坂口作品限定」ってな状況は結構楽しめた。
ただ、後半部分が『投手殺人事件』メインの流れで野球が絡んでくるものの、前半部分の野球ポエムとの繋がりが薄い点がちょっと残念だったと思う。たしかに、事件に関与する動機は野球だが、殺人事件の推理自体に野球という要素が殆ど絡んでこないのだ。なので、部分部分で見ると見所はあるのだけど、お互いにスルーしあって全体としての盛り上がりにかけた感じは否めないかな、と。後半の決着も結構地味だったし。
…ああ、続きが出るらしいってのはサプライズだあね。
4094510788藤井寺さんと平野くん 熱海のこと (ガガガ文庫 か 2-2)
アメイスメル
小学館 2008-06-19