「どろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人」

「私も、ときどき想像します。テロに遭って、自分は無傷なのに、陛下は致命傷を負われて余命いくばくもない、という場合のことを」
「きっと、どうしようもなくつらくて、悲しいだろうと思います。でも、そういうつらい悲しいことを想像すると、気持ちよくなります」
「…………どういうこと?」
「申し上げましたとおりです。つらい悲しい目に遭うことを想像すると、気持ちよくなります。恐れながら陛下も、私と同じではないかとお見受けします」
「気持ちいいわけ……ないじゃない……」
「推参をお許しください」
「大勢の前で言えば人の顰蹙を買うことでも、ふたりきりのときに言えば相手の心をつかむ、そういう言葉がございます。私は、さきほどの陛下のお言葉に、心臓をつかまれた思いがいたします。
陛下、どうか私を護衛官にお選びください。
私よりうまく陛下をお守りできる人は、ほかにいるでしょう。けれど、もし陛下の楯となって命を捧げる日がきたとき、満ち足りて死んでゆけるのは、ほかの誰よりも、この私です」


あらすじ

日本の領土内に存在する独立自治国家・千葉国。現国王は、いたいけでお美しい若干21歳の陸子さま。設楽光(23)は千葉国の国王護衛官として、陸子さまをお守りするために日々の勤めを果たしていた。光は主である陸子さまを愛し、陸子さまも(きっと)光を愛してくださっている。
ある日、陸子さまの以前からの念願がかなって、中学生のメイドを陸子さまのお側仕えとして登用することが決まる。登用されたのは15歳の美少女・緋沙子。彼女がきてしばらく経った頃、まことしやかに一つの噂が公邸内で蔓延していた。それは陸子さまが緋沙子に手を出されているということで―


濃厚ガチ百合祭

大変素敵な百合だった『どろぼうの名人』のサイドストーリー。「主人」なだけあって「川合愛の憂鬱な日常」とかそんな物かなぁと思ってたら、全然違った罠。前作で話にちょっとだけ出てた『千葉国』の国王陛下とその護衛官のラブロマンスでした。っつーか世界観は一緒だけど、前作登場人物皆無だし、話の内容にも全く接点がないので別物っちゃ別物だ。本来は陸子と初雪の対面はあったみたいなのでパラレルワールドみたいなものだそうですが。
開始数分で陸子さまのお召し物の匂いを堪能して悦に入る主人公・光。
…いきなりヘヴィな感じの展開ですが、まぁ、百合だしそういうこともあるよね!とひとまず納得して読み進める。その後、護衛官選抜面接辺りで早々にノックアウト。この時点で前作越えたんじゃね?と。地の文や会話文がいちいち無駄にで知的で格調高いのは前作と共通。その上で、心情的にもう一歩踏み込んだ描写まで描いているのがその理由。前作はぶっちゃけ「好きになるまで」の話で今作は「好きになって、そのあとも」。そりゃ、重みも覚悟も違うというものです。
だが、更に先に読み進めて今作>前作っていうその考えもちょっと揺らぐことに。登場人物同士の会話やら行動は十分に百合百合してて魅力的なのだけど、何故だか話が盛り上がらなく感じた。前作は直接的な描写は無くあってもキス程度だった。けど、今回は「ルールなし・反則なし・禁じ手なし」(by作者)のガチ展開が百花繚乱で…ぶっちゃけ相当に艶かしい。その行為自体や、それによってもたらされる結果、やってる最中の心情とかは堪能できたのだけど…それで、どうなるの?と思ってしまって。お話の最初から陸子×光が成立してて、他の人の介入で関係は変化していくのだけど、どーいう結果になってもまだ前半のこの段階だとあんまり痛みがないとでもいいますか。落とし所がこの時点だと明確になってないのが理由でないかな、とも思った。この辺は前作のが「期間内に好きにならないといけない」という縛りがあったせいで、起こした行動自体は軽微でも印象に残った…気はする。一応、千葉国の存亡に関わる問題ってのもあるのだけどこの段階だとほとんど関係なかったしなぁ。
ただ、その後に冷却期間を置いての最終章近辺は、それまでの(光の)駄目っぷりやら物足りない感を吹き飛ばすデキで大変面白く読むことができました。百合作品ってもただただ百合百合してればいいんじゃなくて、こういう風にお話に起伏を作ってこそ、だと改めて思います。千葉国存亡の危機に颯爽と現れ、冷徹に状況に対応していく元・国王護衛官の美女(ただしメイド服)とか素敵すぎるわ。美園とか以前に関係を持っていた人々が帰ってきた光に対して、きっちり反応を返してくれる所とかも良かったと思うのだけど、そうなるとやりっぱなしにも思えた最初辺りの展開も無駄にはなってなかったのかな。


希に見る言い逃れのできないガチ百合作品。やってることの壮絶さに比較すると前半〜中盤が少々物足りないかなーという気もするものの、それをカバーする後半の盛り上がりっぷりがあったので全体的に見るとやっぱり「面白かった」ということに。華麗で知的な会話のやり取りも大変に魅力的で、正直百合ラノベが好きなら必読レベル。本編である前作も同じくらい面白いけどな!こっちのがより玄人向けな感じ?
各章タイトルが文学作品やら色々な物から引用されてるわけだが、最終章タイトルの引用元『ぴたテン』ワロタ…それでいて合ってるような気がするのがまた凄いw

409451127Xどろぼうの名人サイドストーリー いたいけな主人 (ガガガ文庫)
中里 十
小学館 2009-03-19