「月光」

「今度はいつ家に遊びに来てくれるのかしら?」
「あのような夜を体験したにも関わらず、再び君の家へ行きたいと願う奴がいるかどうか聡い君なら判らないわけがないよね?」
「来週の土曜日の夜が空いているわ。その日も母の帰りが組合の会合で遅くなる予定なの」


「僕が『はい』 と言うとでも?」
「私が『いいえ』という言葉なんて聴きたいとでも?」


「二度と行くか」
「照れなくて良いのよ?」


あらすじ

退屈な日常から抜け出したいと思いながら毎日を過ごすシニカル男子・野々村。ある日、彼は美人で成績優秀、ゴシップが絶えない謎多きクラスのアイドル・月森葉子のノートを拾う。月森のノートからはみ出した紙切れには彼女のイメージとは程遠い言葉―『殺しのレシピ』という見出しが書かれていた。そして数日後、月森の父親が事故死した。そしてその状況は『殺しのレシピ』に書かれていた内容と酷似していて―


葉子ちゃんまじ悪女

だが、それがいい


ホライゾンやらゴールデンタイムやら出てたけど(勿論そちらも買うことは買ったのだが)、何かしらここで完全新作の青田買いをしたくなったので、内容を見ずに黒髪ロングの表紙に惹かれて購入。周囲で次々に「面白いよ!」という声があがっていたが、実際に読んでみるとマジで面白かった。思わぬ収穫で嬉しい誤算。しかしこの表紙は(悪い意味で?)可愛すぎるだろ…jk
まず、野々村と月森の間に漂う独特の緊張感が良い。黒髪ロングの美少女に「付きあってくれる?」と告白され、クラスの男共からは嫉妬され、ついには元気で素直な女の子も含めた三角関係でキャッキャウフフ…というある意味学園物ラノベの王道的展開には断じてならないのがとても良い。お話の舞台的にはそうなっても全くおかしくないのに『殺しのレシピ』という異物が一つ間に入っただけで甘ったるいラブコメがこうも緊張感溢れる腹の探り合いに生まれ変わるとは!表面上自分を好いてくれる女の子の『本当の目的』を知りたい、だが自分の目論見は知られるわけにはいかない。野々村くんも相当に賢い子なので、普通の女の子ならさくっと野々村君が論破して終了だろう。だが相手は自らの美貌を自覚し利用する稀代の悪女。丁々発止のやり取りもスリリングなのだが、それ以上に攻めてると思わせておいて野々村君を絡めとっていく月森さんの手管が読んでてゾクゾクします… 序盤の当たり障りの無い会話の中でのカマかけも読んでて十分ニヤニヤできる。が、多少お話が進んで月森に無意識に惹かれてるけど『殺しのレシピ』の存在によって思い止まる辺りの脳内スキーマに対して「野々村君冷静に振舞ってるように見えるけどそれが既に月森の策に嵌ってるんだよ!」と叫びたい、みたいな。
次に、最終的に月森の存在感を際立たせるお話全体の構成も感心した。正直、最初は「最初に野々宮が達した結論」の時点でお話を終わらせるものかと思っていたのだが、中盤にその結論を持ってきて更にお話は続く。風変わりな刑事との対峙、反転していく現実、そして真実は―中盤からミステリ要素が濃くなってくるので、その延長で読んでると肩透かしを喰らうかもしれない。が、帯に書いてあるように『ルナティック・ラブストーリー』として考えればこの落とし所は相当に上手いと思う。結論はともかく、月森の悪女っぷり、可愛さ、『ラブストーリー』という3点を十二分に満たした結末ではなかっただろうか。
電撃文庫というかMW文庫っぽい雰囲気を纏った作品で明らかに売れ線ではない気がするが、紛れもない傑作の部類。どうしてこれが<<最終選考作>>止まりなのか理解に苦しむ、ので心情的に★一つおまけ。応募した時から内容かなり直したのかねぇ。


オレンジジュースとワインではワインのが好み。下戸なので飲まれてしまうがそれも本望。しかしオレンジジュースかませ過ぎないかね?

4048687220月光 (電撃文庫)
間宮 夏生 白味噌
アスキーメディアワークス 2010-09-10