「アンチ・マジカル〜魔法少女禁止法〜」

「やがて、男たちは家に戻って来た。すぐさま彼らをぶちのめし《おしゃれ☆手錠》で拘束した。だが宇佐美実々は戻らなかった。彼らが留守だったのは、彼女を殺して山奥に捨てに行ってたからだ。首を絞めて、裸のまま山の中に……。
勿論、それはショックに決まっている。助けようとした相手が死んでいたのだから。しかし――それと同じか、さらにショックな事があった。。その事実は苺子をひどく傷つけた。想像つくか?」
「……何です?」
「奴らの胸には《キレイなココロ》が光ってた!」

本当はこの前の部分からが凄いのだが、流石にあんな文章はw


あらすじ

人類の宿敵、鬼魔が魔法少女達によって封印され魔法少女の強すぎる力は世界にとって必要無くなった。そして『魔法少女禁止法』制定から10年。一切の魔法少女活動が禁止された世界で、一人引退を拒否して非合法のまま活動を続ける魔法少女がいた。彼女の名は、おしゃれ天使スウィ〜ト☆ベリー(24歳)。気弱で女の子みたいな少年・佐倉真壱は、彼女に助けられたことがきっかけで女装魔法少女となり、元魔法少女を狙って起こる事件を追いかけることになるが―


諸刃の剣

男の娘で魔法少女ウォッチメン」という奇抜な設定で話題になってたので手に取ってみた。出だしといい、キャラの立ち位置と設定のリンクっぷりといい見事にウォッチメン。だが、ウォッチメン的な物はあくまで着眼点と物語の始まりのきっかけに過ぎなく「現実に魔法少女がいたら」なifをはらんで次第にハードな独自展開に―…と思ったら無理矢理Dr.マンハッタン(的な立ち位置のキャラ)出てるし!しまいにゃあらすじで自ら言及してるし!作者そこまで固執しなくても!と読み終わってまず今後が心配になった
ちなみに自分はウォッチメン原作は未読で映画のみ見た程度の人なのだが、この作品はもしウォッチメンが映画化されてなければそもそも世に出なかったのだろうかというifをちょっと考えた。


内容に関して。このアーキタイプを考えついてしまった時点で大勝利。流れがウォッチメンをリスペクトし過ぎな点はあるにはあるが、それに魔法少女という日本でも古くからあるが実際には相当にコアな題材と作者のエロゲ原作者というスキルが合致して骨格自体が凄く魅力的な作品に仕上がってた。一般人と超人、地に足のついたローカルな正義感と世界全体を考えに入れた崇高な正義感、生きてきた結果に妥協するかしないのか。そんなテーマの原作と魔法少女という一見水と油のような要素がこれほどまでに親和性が高いとは!(高すぎて別の物になってしまってる感もあるが)。
うん、テーマは非常に面白い。だが対照的に、この作品は「一本のお話としては」そんなに面白くはないと感じた。物語の骨格、基本的な方向性、そして一筋縄ではいかない展開は面白いし実際に非常に続きが気になって最後まで一気に読んでしまった。しかし、一本のお話としては「すごく感動したわけではない」し「意表を疲れた展開に震えた」わけでもないし「○○ちゃんまじ天使」とか思ったわけではないし「恐怖に打ちのめされた」わけでもない。テーマとか言わんとしていることは興味深いのだけど、一本の純粋なお話としては感情移入して読み切れなかった…ということだったのかもしれない。魔法少女というテーマでありながらノリや感情に流されること無く三人称で今の魔法少女の現実を淡々と描く。作者の魔法少女への愛とそれをして古い魔法少女という概念を(良い意味で)ぶっ壊そうとする気持ちはよくわかる。が、この基本3人称で淡々と進むという形式自体が一本のお話として楽しむということに不向きだったように思える。
非常に興味深く面白いテーマを正面から描ききった怪作。が、全く書いてなかったが本編には相当エグい展開も欝な方向にエロい展開もあるので正直読んでていい気持ちにはあんまりならない。お話自体も構成とか、落し所とか、原作との相違を考えると「理性の上では面白い」のだが「感情的にはあんまり面白くない」という。正直、魔法少女への溢れんばかりの愛と、現実の醜さを同時に喉元に突きつけられる諸刃の剣。面白いお話を読めればいい、という初心者にはお勧めできないが、ある程度ラノベを読んで変わった作品や尖った作品を欲しているという人にはこれ以上無いご馳走ではないだろうか。個人的には『ロクメンダイス、』やら『絶望系』等の奇書の仲間入りをさせてあげてもいいのではないかと思うほどに。

4758041687アンチ・マジカル 〜魔法少女禁止法〜 (一迅社文庫 い)
伊藤 ヒロ kashmir
一迅社 2010-07-17