「冬の巨人」

「新しい土地に落ち着いたら……もちろん、何年かして、食べるものや着るものが充分にそろってからですが――」
「――薔薇の育て方を、教えていただけませんか」


果ての無い凍土を歩き続ける異形の巨人「ミール」。その背中に作られた都市は、そこに住む人々にとって"世界"そのものであった。都市に住む少年オーリャは地上から、そして空からこの"世界"の在り方を垣間見、"世界"が破滅に向かっていることを知る。それでも、ただ巨人はどこかに向かって歩き続ける。千年の歩みの果てに巨人が辿り着く所とは。


まず、独特の世界観であるにもかかわらず、主人公の少年の視点でもって『都市』の生活観をリアリティを持って描けている点が素晴らしい。外市街や巨人の外の地上の暗い、寒いという雰囲気が下敷きとしてあったので、天球や上空の光に溢れる世界が対比としてより印象に残りました。
そして、主人公の少年オーリャの描写が魅力的。優しく、素直で地面に足がついたような性格です。作中でも気球の搭乗員に選ばれた以外はそんなにアグレッシブな行動は取ってない気もしますが、彼の素直な"気づき"が周囲の人に影響を与えていくのがグッとくるのですよ。要所要所で主人公らしく相手を説得する場面もありますが、その際も相手をいたずらに攻撃することなく、純粋に自分の想いを伝えて相手の気持ちを動かせているのが良かった。地味ですが…なかなかできないことよね。


非常に綺麗な御伽噺。いいお話で、最後まで読むと感動もするのですが微妙に物足りない感じ。前例でこれがあるので同じ展開にできないのはわかるけれども。結末に至る過程がすっきりしすぎてるのがひっかかるのかもしれず。ウーチシチやレーナの件が存外にあっさり終わったのが気になったので、黒いのがいいって訳ではないけどもう少し話が膨らんでいたらもっと良かった。

4199051570冬の巨人
古橋 秀之
徳間書店 2006-06