「君のための物語」

「そういえば、あの乾杯の言葉は中々良かったね」
「そんなに良かったかな?」
「ああ、悪くない表現だったよ」
「数奇な運命……か。あの言葉はとっても透明感があって良かった。それでいて、多くの意味を含んでいる。幸福も生きている喜びも、苦難や辛さ、そして、冷酷さも」


あらすじ

ある冬の晩。日頃の鬱憤を酒で晴らそうとして悪酔していた私は、夜の公園で一人の女性を目撃する。遠目に見ていると、あろうことか彼女は川に飛び込もうとしているではないか。なんとか彼女を引き止めた私だが、酔っていたこともあってか自らが冬の川へと滑り落ちてしまった。
…目が覚めた彼の前には二人の人物。先程の彼女と、見知らぬ黒い服の男。どうやら男の方が私を助けてくれたようだ。自らのことを多くは語ろうとしない彼は「レーイ」と名乗った。その後、私の家で休息をとり彼女・セリアは落ち着いた様子。だが、逆に私は風邪をこじらせてしまったようだ。事の翌日以降も時折お見舞いに来てくれるセリアと「彼」。数奇な出会いではあったが不思議とその関係は心地よいものであった。
セリアにお願いされ久々の執筆活動に入った私。だが、セリアと「彼」は段々姿を見せなくなって―


味わい深い作品

第14回電撃小説大賞・金賞受賞作。新人さん。
ネ○カ○ェゴールドブレンドって感じ?金賞だけに。
そう、上質。クオリティが高い、って言い方でもよいのだけどそっちは何かしっくりこない気がする。上質な物語ってのが一番しっくりくる。…今は「違いを楽しむ人」でやってるんだっけか。違いを楽しむ人の為の物語ってのもアリな気がするのも面白いな。


読み終えてみると確かに「面白かった!」とは思えるのだけど、「どこが面白かった?」と問われると返答に困るような。淡々と、或いは静謐に進んでいく物語。登場人物も皆それなりに大人で、一時の感情に羽目を外すことも無く。
一般的なライトノベルはもっと素直でもっと大層なお話で感動がわかりやすい…と思える。まぁ、例外はいくらでもあるのだけど。それでも、一般文芸と比べて作者が書きたいように書けるし、所謂「見せ場」がどこなのか格段にわかりやすいのは間違ってないと思う。感情の発露がストレートでわかりやすい、って書き方でもいい。だからこそ、面白い作品は「ここが面白かった!」と言い易いのだけど。
この作品の登場人物は、皆それぞれに思っていることはあるのだけれど、それを極端には表に出さない。いい大人だからさ。だから、何気なく「良かった」と思える所は沢山あっても「ここが最高!」って場所は見つけ辛いのではないかと思った次第。
けど、それでもこの評価は揺ぎ無い。この作品の魅力は、言葉や態度の節々に表れる感情の機微を仄めかすのが上手いことだと思うからだ。露骨ではなく、それでもしっかりと。それぞれの思う所、って奴ですね。これによって割合地味なこの作品がぐっと味わい深くなってると思う。ゆったり味わって、それで初めて美味しさのわかる渋めのコーヒーのような感触。インスタント(ライト)とはいえ、じっくり腰を据えて物語を楽しむ人へ。


「違いを楽しむ人」繋がりで。普段ラノベを読んでいる人は、この作品のちょっと普通(のラノベ)とは違う作風を楽しむことができるとは思うのだけど、その逆はどうなのか。普段ラノベをあまり読まない人がこれを読んでどう思うか?がちと気になる今日この頃。

484024166X君のための物語 (電撃文庫 み 13-1)
水鏡 希人
メディアワークス 2008-02-10