「耳刈ネルリと奪われた七人の花婿」

「力を合わせるだと?力を合わせる必要などない」
「舞台には私の力が存在するのみだ。王である私の力が。汝らは奪われた花婿として、村娘として私を畏れ、そして――」
「侍女として私をうやまえばよい。簡単な話だ。どうして緊張などする必要があろう」
「我々の芝居の美しさ、豊かさ、正しさは私が保証しよう。私が舞台の屋台骨、月より明るい光源、歌声を運ぶ風となろう。汝らは心おだやかに舞台ですごせ」


「ネルリ、あなたはいつも私たちを励ましてくれるのね。本当に優しい王女さまね。ねえ、その恐ろしい恐ろしいお顔にキスさせてちょうだい」
「臣どもはいつもどおりに振る舞うだけでよいことになりますな」
「それなら楽勝だ。緊張はしてるけど、殿下の御前で緊張するのは普通だし、いいことだ」
「クソ度胸。」「本当にクソ度胸。耳刈ネルリにぴったりね」
「すげえなネルリ。即興劇でもいけるぜ」
「ネルリ、かっこいい。わたしも、がんばる」
「やれる気がしてきた。私達のお芝居をみんなに見せたい」
「見せてやろうよ、本物の耳刈ネルリを」
「ネルリアリズム!二百年ぶり二度目!」
「ハハ、みんな熱くなりすぎ。君たちはホント好きだよな、そういう一体感とか挑戦とかさ」
彼はそういって、あふれる涙を袖でぬぐった。


あらすじ

学園に平穏が戻り、いつものように農芸隊の活動に勤しむレイチとネルリ。そんなある日、どこからか聞こえてきた楽器の音に誘われて、彼は学園でも有名人である3年の舞姫・チェリの舞踏を目の当たりにする。彼女の見事な舞踏に関心しきりのネルリ達。だが、チェリがレイチらを「生意気な一年」と評したことから話はこじれ、なりゆきで演劇大祭の舞台で彼女と勝負することに。しかも今回の大祭は文化英雄として名高いコーチキン氏が審査員としてやってくることで、学園内外からの注目度大幅アップ!しかも当のコーチキン氏にはなにやら秘密の目的があるようで―


なにこのミュージカル部分の完成度

主人公の凄まじい妄想癖と、それとは対照的な骨太の学生ドラマが印象的だった作品の2作目。
冷静に読んでると、場の雰囲気で強引に流れで解決してしまっている場面があったり、そんな力技な計画でいっちゃうんだ?的に爪が甘い部分が散見されたりと、減点法だと結構−が付くようにも感じた…が、そんなの全て吹っ飛ばして最終的には「こまけぇことはいいんだよ!」的に「超おもしれぇぇぇえよ!」と言いたくなるような作品でした。
前作の魅力として、妄想変態成分と異文化同士の軋轢が関わってくる濃厚学園青春物という一見相反する物二つを内包して物語が成り立っていたのがある。が、今回は前作の評判を聞いてか否か、レイチの(あと▽の)妄想部分は少なめに。体感5割減くらいで…読みやすくはなったと思う一方、妄想部分を含めて気にいっていた私にはちょっと残念にも思えてしまいました。けど、その分ガチで共和制制度下の学園青春物という側面が強調されていて、今作の魅力はそっちに置かれている比重が多いです。
その部分の大部分がミュージカル関連。あの個性豊かな面々でかつ7人中4人が男装でミュージカルとか、前作読んでて概要知ってればそれだけでわくわく物なのです。けど、正直、読み始めの頃は妄想癖が弱体化してるわ、綺麗だけど硬い文章が多いわで今ひとつ乗り切れないでいたのも事実。しかし、ミュージカルの成功に向けて十一組の歯車が噛み合い始めた時からは一気に持ってかれた感が。前作みたいな学園闘争物もそれはそれでいい、けど今回のミュージカルに向けての一連の流れは、学生の頃の皆で祭に参加する熱さを感じられて卑怯…と思う気持ちもなくなないのですが大変に好みでした。
そしてミュージカル本編の完成度(ミュージカルのシナリオの完成度には非ずw)がまた高くて。戯曲の内容はさておき、舞台配置、舞台裏の様子、戯曲のコーラス具合とかこれほどまでに丁寧に書かれたラノベはかなりレアなのではないでしょうか。この丁寧な仕事っぷりに加えて、足りない妄想分を補うような貴腐人の声援やら、どんどんアドリブが入っていってヒートアップしていく十一組の面々の様子やら、政治的な問題やらが絡み合って、堂々の大団円へ!政局批判っぽいシニカルな面も除かせつつ、あくまで(当事者達にとっては)コメディとして描かれていたのもポイント高し。
最初に書いたように、決着の付け方やら途中で不安に思われてた部分がその場のノリや勢いで押し切られていた所だけが微妙にひっかかるのが難といえば難だったのですが…その辺りも最後の最後で解消されたような。新たな事実が明かされるエピローグ。この作品自体が、そういう扱いだったのか!という驚きと共に。そういう観点からすれば、多少脚色されたり都合のいい展開でも仕方ないような気もする。件の部分の文章自体については語らないけど、「今はどんな状況なのよ?」とか「これで最終巻フラグ?」とか「レイチの妄想癖も照れ隠しの一形態にすぎないんではなかろーか」とか多方向色々睨んでいてなんだかんだでこの作者上手いなぁ…


明らかに続編であり、共通している部分も多いけど、より一般向けになって完成度も高まって傑作と呼んでしまっていいと思われ。やっぱり独特の癖は残っているけど…これはこれで味だとも思う。ちょっと変わった作品を欲している人は是非読んで欲しい。

4757749325耳刈ネルリと奪われた七人の花婿 (ファミ通文庫)
うき
エンターブレイン 2009-06-29