「曲矢さんのエア彼氏 木村くんのエア彼女」

『小学校で嫌々バスケやってた程度の野郎に、負けるわけにはいかないんだ』
『これくらい、右脚一本で充分なんだよ!』


「あ、俺だっ」
「あ、じゃなくない?何もない空間に向かって何カッコつけて台詞吐いてんの?」
「あのざわめきは……そうか……失笑だったのか」
「笑われてたんだな、俺……」
「カント……コメント、見てみなよ」
「や、見ないよ。ほとぼりが冷めた頃に、超暇でやることがなかったらまぁ……」
「いいから見なさい!」
「……………………」
「独創性、あるいは才能を超えた何かを彼は持ってる……俺、大絶賛されてるしっ」
「何うっかり伝説誕生させてんのよ、バカァ!」
「やばい、超鳥肌立って来た」
「何で興奮してんの?最近おかしいと思ってたけど、まさかこんな、こんなぁ……」


あらすじ

小学校の時から、とある選手にあこがれてバスケットボールをしてきた少年・木村カント。高校に入ってスタメンでの練習試合にも参加できるようになり、いよいよこれからという所で怪我により左膝を壊してしまう。バスケをもう続けられないことに絶望し、小さい頃から使ってきたバスケットボールと道具一式を自暴自棄で歩道橋の上から道路に投げ捨てるカント。だが、投げ捨てられたカバンは地面に到達することなく、一人の少女に直撃。その少女・曲矢サンノはエア仮面を被り、エア彼氏と共にエア騎馬兵と戦っている?(かなり)変わった少女だった。(彼女が一体何と戦っているのかは置いておいて)エア彼氏の存在に心動かされたカントは曲矢に弟子入りし自分のエア彼女を作ろうとするが―


オチとかネタは良かったのだけど

独特の文章センスが特徴の中村九郎久々の新シリーズ。…樹海人魚はどうなったのだろうか。
オチのつけ方(終わり方にあらず)は意外性もあり、かつ綺麗に青春してて好みの部類。お話のベースになっているネタ(この場合エアを指す)も「普通、こんなのをネタにして小説書かねーよw」というレベルに達しており一般的に言ってどうかはわからないが、中村九郎スキーなら満足できる内容だったと思う。まさに奇想。
なんせメイン題材が「エア」なのだ。エアギターとかの「エア」。本当はそこに何もないのに、あたかも存在するがごとく振舞う人々。ただ、エアの内容はギター所のお話でなく、仮面、騎馬兵、彼女or彼氏まで及び…なんか勝手に喋ってきたり淫らな行為に耽ったりしてますよ?なんか凄くね?(※でも一般人には見えない)こんなカオスな状況下で、何故かやたらと突っかかってくる幼馴染との恋模様・捨て去ったはずのバスケへの忸怩たる想い等を絡めつつ進む痛い系ラブコメが面白くないわけがあるだろうか。表面上は、エアが見えるカントとエアが見えない幼馴染との勘違いすれ違いコメディでそれはそれで充分に楽しい。けど、その傍目に無軌道な迷走、痛さに時々透けて見える本気…というか本音がまた微妙に良い味わいを醸し出していたと思う。
ただ、中盤以降でエアが劣化スタンド化した辺りはどうにも受け入れられない。まさか、序盤のあのノリからスタンドバトル化するとは全く思ってなかったので、ある意味九郎先生らしいっちゃらしいのだけど…どうにもこうにもこれは蛇足ではなかろうか。バトル物になって、それで得るものがあればいいのだけど、私にはこれはライバル役の動機付け程度にしか機能してない。素直にバスケ成分増量でくるか、路線変更等しなくてもエア彼女は戦闘力の無い只のエア彼女のままでも充分にあの結末(の一歩手前)にもっていけたのではないかなぁ。


中村先生らしさは存分にあったので満足できたものの、非常に惜しい作品だと思う。全部読み終えた後に、全体の内容を思い出してみたら割合好印象を持って受け入れることができた。けど、実際読んでる最中は中盤〜後半での路線の中途半端な変更にストレスがマッハでした。ほんと、そこさえどうにかなってれば…。結末自体は「俺達の戦いはr」なのだけど、本命のオチは大好きなだけに。

4094511229曲矢さんのエア彼氏 (ガガガ文庫)
ウキ
小学館 2009-03-19