「黄昏色の詠使い-イヴは夜明けに微笑んで」

「名詠って、難しいものだと思う?」
「でもね。この名詠は、あなたならできると思う」
「必要なのは技術じゃない。自分にとって大切な人の存在。その人を守りたいという気持ち。夜の真精にその想いを伝えなさい。なぜなら、夜の真精は孤独だったから……」
「独りぼっちの辛さを知ってるから。きっとあなたを孤独から守る――うん、守って……きっと守ってみせ……るから」


第18回ファンタジア長編小説大賞「佳作」受賞作。
「赤・青・黄・緑・白」の5色を基本に呼びたい物と同じ色の触媒を介し、その名前を賛美し詠うことで招き寄せる『名詠式』。夕暮れの教室で、5色全てを究め『虹色』の名詠士を目指すカインツと全く新しい『夜色』の名詠を構築しようとするイブマリーはある「勝負」と「約束」をした。…そして時は流れ、ある名詠の専修学校に『夜色』の名詠を使う少年・ネイトが現れる。専修学校の生徒・クルーエルは年下でありながら見慣れない名詠を使うこの少年に興味を抱く。一方、晴れて虹色名詠士と呼ばれるようになったカインツもこの学校を訪れていて――


「佳作」のくせに「大賞」の『僕たちのパラドクス』より各所で評判が良かったのが気になって購入。あとイラストの竹岡美穂に心惹かれて。続編『奏でる少女の道行きは』が既に出てしまったが、出る前に読みたかったよ…まぁ諸般の事情でそっちの入手はガガガの新刊と一緒になりそうだから問題は無いといえば無いのだが。
良くも悪くも大変綺麗な物語というのが第一印象。物語にはその構成の妙を楽しむ物と雰囲気自体を楽しむ物の二種があると思うがこの物語は後者と感じた。特徴的なのが物語の根幹にもなっている『名詠』のシーン。詠い、名を賛美することによって対象を招き寄せる術式だが、その際に用いられる独自の言語とその訳である詩篇が大変美しい。簡潔で読み易く、かつハメを外し過ぎず抑えられた文章と竹岡美穂の繊細なタッチの押絵も全体の雰囲気の完成に一役買っている。
ストーリー自体も特に驚きがある物ではないが、丁寧で非常に好感の持てる物だと思う。押絵も含めて順に読み進めていくと物語の展開の予想はつくが…カインツへのコートの件やネイトへの上記の台詞の件を考えると切ない切ない。結末も、ほろ苦でいい味出してると思う。
良くも悪くも、というのは主に感情描写方面。綺麗過ぎるのが問題。悪意や嫉妬といったネガティブな面を極力排除して清廉潔白に描かれる物語は人によっては違和感を感じるかもしれず。悪役も一応ごく少数いるにはいるのだが、背景が描かれることもなく唐突に現れ唐突に退場したりと扱いが酷い。物語の方向性を考えると仕方ないのかもしれないが…。
読後感も爽やかで個人的には大変面白かった。綺麗過ぎるお話、に抵抗が無い人にはお勧め。ここからお話を続けるのは難しいと思うのだけど…続編はどうなってるのだろうか。

4829118806イヴは夜明けに微笑んで
細音 啓
富士見書房 2007-01