「MAMA」

「でも、もういいんだ」
「使い魔のボクがこんなことを願うなんて、笑ってしまうけどね」
「幸せに、なって、欲しいんだ」
「……先生の、言った、とおりだな」
「……?」
「優しい、子だと」


あらすじ

海沿いの王国ガーダルシア。魔術の恩恵によって豊かに繁栄を続けるこの国には、サルバドールと呼ばれる魔術の研究組織があった。
サルバドール・トト。優秀な魔術師であるサルバドールの直系であるものの、生まれ持った魔力が低く、「サルバドールの落ちこぼれ」と呼ばれる少女。
彼女はある日、逃げ込んだ先の神殿の書庫奥深くで伝説の「人喰いの魔物」を封印から解き放ってしまう。禁忌に触れ軟禁状態の今の自分の境遇と、封印され続ける"彼"の境遇を重ね見た彼女は、新たな名を与え、彼の「ママ」になろうとするが―




このタイミングで出しますか

第13回電撃小説大賞「大賞」受賞作『ミミズクと夜の王』の紅玉さんの最新作。
同じ日に第14回の受賞作品群が同時に発売されてるので、丁度一年か。過去の大賞受賞者の、完全新作で、通算でもきっかり2冊目を何故にこのタイミングで出すのか。新作といってもプロローグに『MAMA』のみは載ってたが、そこがまた時期的に怪しいw 意図的なのですかねぇ…真打登場、って雰囲気は十分に醸し出してますが。
まぁ、これで昨年受賞者の2冊目も出揃ったわけで。今年の新人さんもなかなか面白そうなの揃ってますが、昨年の人達も彼らに負けないくらい今後とも精進して頂きたい。2冊目以降が本当の勝負なのですよ、きっと。


そして紅玉さんの2冊目は

『ミミズク』があれだけ評判良かったので、2作目として単純に越えるべきハードルが高くて大変そうだな、と思ってました。同時に「あの作風」が変わってしまったらどうなるのか、という不安もありました。
と、いうのも同人の方で出していた他の作品もいくつか読む機会があったのですが、読んでみて違和感を感じたからです。作品単体ということでなく、商業ベースと同人ベースの作品を比較してみて、で。同人ベースの方は、勿論根幹は同じに思えるのですが―商業ベースの作品より生々しく、瑞々しい感じを受けました。題材のせいかもしれませんけど。まぁ、今のところ(MAMA以前ね)『ミミズク』と他の作品では主題はともかく作風は異なっていたと思います。
『ミミズク』はあの作風だったからこそ、『ミミズク』たりえた。それが違うものだったら、しっくりこないと思うのです。同じ作風でくるのなら単純に前作以上の物を望むだけ、ただ、違う作風できた場合は…現状全く未知数。これが不安の理由でした。


で、満を持して発売された本作は…心配も不安も吹き飛ばす素晴らしい出来栄え。


片や世界の全てを受け入れ肯定した少女のお話。片や自分の愛する者以外の全てを否定してきた少女のお話。主人公の在り方からしてこれだけ違うのです。まして彼女らを取り巻く世界を含めたらどれほどの違いになってしまうのか。幼少時のいじめ、腫れ物扱い然り、大人になってからのある意味強迫観念めいた愛情然り。
前作との違いに驚きつつ読み進める私。でも、すぐに気付きます。外連味のある台詞なんて出てこない。お話の方も意外性とか驚愕の展開!というのも特に無い、ある意味順当なお話。それでも、静かに語られる言葉は、流れる物語は、何故だか胸に染み入る。それは以前にも味わった感触。『ミミズク』よりはややハードに、それでも優しく紡がれる物語。
前作とは異なるお話、作風でありながらそこに感じられる「紅玉さんらしさ」にやっと私は安心したのでした。


読み終えて

今回も文句無しのハッピーエンド。
『MAMA』だけでも十分なくらいだが『AND』まで行くと2度美味しい?奇を衒うことなく着実にテーマにそったお話と、登場人物達のしっかりとした心理描写の賜物か。
この作品もそうだが、素直にハッピーエンドで嬉しいと思える作品は幸せな作品だと思う。ハッピーエンド自体は大いに結構。ただ、中途半端な作品のハッピーエンドによるなぁなぁ感がいただけない。「そーなのかー」で済まされてしまうというか何というか。「終わりよければ全てよし」というわけでもないが、結末まで辿り着いて半ばスルーは、やっぱり悲しい。その点、この作品の終わりは良かったよ!待望の、って冠詞をつけてあげたいくらいのね。


タイトルが『MAMA』ってことはテーマは「母と子」かと考えていた時期が俺にもありました。間違ってはいないし、タイトルも『MAMA』こそが相応しいと思うが、正解ではないとも思う。正解はあとがきで書いてるのでいいのかね?言葉にすると白々しいので、単純な単語としては好きではないのだけど。ただ、この物語がこの物語たりえるのはやっぱり「それ」無くしては考えられないわけで。親子でも友人でも恋人でも主従の関係でもなかった二人の間にある物として相応しいものは何なのか。つまるところ、この物語の最大の魅力は「それ」をガチに描いている所だと読み終わって痛感した。それがテーマの作品は多分にあるだろうけど、ここまでピュアな作品はめったに、ない。

4840241597MAMA (電撃文庫 こ 10-2)
紅玉 いづき
メディアワークス 2008-02-10